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創世記

――この世の初めに、深い深い闇があった。闇は力に満ちていて、その力はそれぞれ引き合う力を持っている。力はお互い引きつけあい、ぶつかりあい、ついに渦を巻いて集まり始めた。渦は全部で四つ……四つの渦、力のかたまりはいつしか人に姿を変えた。
 人に変わった渦のひとつが一歩を踏み出すと、そこに大地が広がった。彼は地神となった。
 次の一人が一歩を踏み出すと、そこに海が広がった。彼は水神となった。
 三人目が空に目を向けると、そこに太陽が生まれ、さんさんと世界を照らし出した。彼は火神となった。
 最後の一人が深く息を吸い込み、吐き出すと、それは風となって世界をめぐり、砂塵をまきあげ、海に波をつくりだし、雲を呼び、世界をかき回した。彼、いや彼女は風神となった。
 彼らはそこでやっとお互いの姿を見つめあった。生まれたばかりの神々にとってお互いの姿はさぞかし奇妙なものだったろう。彼らは強大な力を持ち、生まれたときから今日に至るまで青年の姿をしているが、生まれたばかりの心はまだ幼子のようだったんだ。
 地神がおもむろに大地に座りこみ、できたばかりの土をにぎった。さらさらの砂はすぐにこぼれおちる。地神がすくってもすくっても砂はこぼれる。それを興味深く見守っていた水神が、地神の砂に海の水をかけた。地神は塩辛い水にぬれた砂をこね、獣のかたちを作りあげた。それを見て喜んだのが火神と風神だ。火神がその頭をなでると、土の瞳に生気がやどり、その体に熱が生まれた。土は肉に変わり、海水は血に変わった。風神がそっとその口にキスをすると、それは命を持って動き始めた。
 幼い神々は歓声をあげ、次から次へと生き物を作った。大地を駆ける獣、海を泳ぎまわる獣、空を飛ぶ鳥、想像力の及ぶ限りのものを作ったが、彼らはすぐに死んでしまった。神々の誰かが常になでたり、息を吹き込んだりしなければ死んでしまうんだ。生き残ったのは彼らのそれぞれが特にかわいがっていた四頭、地神の緑の獅子、火神の赤い牡牛、風神の白いムール(巨鳥)、水神の青い水蛇だけだった。四大神の力を受けた四頭は聖獣となり、神々のそばにはべった。
 作り出した生き物たちがなぜ死んでしまったか……四大神は頭を悩ませた。力を注ぎ込み続けた聖獣は生きている、だがほかの獣たちは死んでしまった。生き物が生き続けるためには四大神の力を体に取り込み続ける必要があったんだ。それなら、と地神がドンと足を踏み鳴らした。すると、そこに草木がはえた。地神の力を受けて生まれた草木は、根から水神の力すなわち水を吸い上げ、葉をひろげて火神の力すなわち光をとりこみ、風神の力たる風を受けてすくすく育った。新しく四大神が作り出した生き物は、みんな草木を食べて四大神の力をとりこみ、長く生きた。
 神々はそれで満足したが、そのうち飽きてしまった。なにせ生き物たちは姿かたちこそさまざまだったものの、神々が動けといったから動くだけ、植物を食べろといったから食べるだけの意思を持たない人形だったんだ。
 幼子から少年少女へと心の成長を遂げていた神々は、それぞれ生き物たちに自我を持って生きていくのに必要な力を授けた。地神が本能を、火神が知恵を、水神が判断力を、そして風神が心を。そして生き物たちはみな、自分の意思で動き出した。
 中には植物を食べるよりほかの生き物を食べたほうがより強い力を出せることに気づいた生き物もいて、それらの生き物は肉食獣になった。男神の三神はこれを悪く思わなかった。人間の少年が強いもの、オオカミの牙やワシの翼にあこがれるように、少年期の神々も新しく現れた肉食獣を好ましく思ったんだ。だが、唯一女神である風神だけは違った。彼女は動物たちが命を絶たれ、土に還っていくのを悲しみ、毎日涙を流していたんだ。
 ほかの三神は風神をからかった。彼らは少しずつ成長していたとはいえまだ少年期だったし、人間の少年と同じく女の子をからかうのが好きだったんだ。そして子どもは時に残酷だ……神々といえどそれも変わらなかった。
 地神は地割れや地震や数々の病気をうみだし、水神は洪水や海の凍結をもたらした。火神は暑熱、冷害、火山の噴火を起こし、無数の生き物を死に至らしめた。ただのからかいでも、神々がやればすさまじいことになる。今でこそみな齢千年の老人より深い英知をたたえておられるが、当時の彼らはあまりに子どもだった。
 無数の生き物が死に絶え、風神の嘆きはいよいよ深くなった。ほかの三神の手の負えないほどに落ち込み、姿を見せなくなってしまったんだ。ここでやっと三神は風神に詫びた。
 風神は男神には任せられないとみずから死の神になり、命を絶たれて土に還っていく死後の命をすくいあげ、彼らが持つ心の中の世界へ返す制度をつくった。彼らの心の中の世界は、思い出の場所だったり憧れの場所だったり、心から安らげる場所であることがほとんどだったからだ。今日に至るまで、ほぼすべての生き物でその制度は続いている。死後は風神の手によって自身の心の中の世界へ返される。
 神々はすべての惨劇を止めようとしたが、それをほかならぬ風神が止めた。それに神々は殺戮の間にもマグマの中でしか生きられない生き物や、病気をもたらす生き物を作り出していたんだが、それらが殺されるのを恐れたんだ。だがそれだけでなく、風神は病気や天災のあるほうが、生き物たちの生き方や知恵がすぐれることに気づかれていた。生き残るために天災を察知する勘の鋭さ、凍結した大地でも生き残るたくましさや、薬草を探してみずから病を治そうとする意思を尊ばれたんだ。だから災害や病気は完全にはなくならなかった。
 その後、神々はまた土をこね、激減してしまった生き物たちを増やした。そうして四の四乗、二五六の大地に住む生き物と、二五六の海に住む生き物を作り出され、そのそれぞれにひとつずつ力を授けた。あるものには牙を、あるものには知恵を、体の大きさを、闇を見通す目を。そして、その生き物たちにもっとも適した場所をひとつずつ作り、領地としてそれぞれの生き物に与えた。神々が巻き起こした大災害を生き延びた生き物たち、オオカミやイッペルス、ネズミらには褒美として特に広い領地をお与えくださった。そして、領地のどこかに神々の力を秘めた「聖域」を作り、生き物たちからそれぞれ一頭ずつを選んで「守護者」にすえ、聖域を守らせた。
 そして最後に、今まで作り出したどの生き物とも違う、神々の似姿「人間」を作り出され、世に送り出した。
 こうして世界は今の姿になったというわけだ。


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