第二部第二章1下〜2上 エヴァンス視点

この作品はネタバレを含みます。第二部第二章読了後にお読みください。

 エヴァンスは苦しげにあえぎながら横たわっている娘を、その枕元に立って見つめていた。リンゴのように真っ赤な頬、呼吸するたびゼイゼイ鳴る喉。ミュシェのものであろう服の襟ぐりからは包帯が見えている。背中の傷を洗ったものだろう、薬がつんと鼻をついた。
「お前を刺すような娘には見えんな」
「とても優しい娘です」
 皮肉かとも思ったが、シャルトルを振り返ってみれば大真面目な顔で見返してきた。
「あの場にいたのも僕を刺したのも処刑される友人を助けたくて、無我夢中で飛び込んだからだそうです。監獄で会ったとき、彼女はこんな状態なのに、一番に僕のことを心配していました。大怪我でなくてよかったと」
「ほう」
 娘が息のかたまりを吐いた。悪夢を見始めたらしい、どっと額に汗が浮く。閉ざされたまぶたがひくひく動き、一筋の涙がこぼれ落ちた。夢を見ながら泣いている――。
「マライ……マライ……」
 処刑された女戦士の名を途切れ途切れに呟き始めた。あの勇ましい女がこの娘の友人だったわけか。
「この娘の名は」
「ウラルです」
 肩に手を当て軽く揺さぶってやると、夢が変わったのかウラルは静かになった。かたわらに置いてあった水桶からタオルを取り上げ、そっと額や首筋をぬぐってやる。
「娘がうわごとで呼んだ名や地名は記録しておけ」
「わかりました、スー・エヴァンス」
 最後に涙の伝った頬をぬぐってやり、再びタオルを湿して額の上に置くと、エヴァンスはシャルトルを伴い外へ出た。

inserted by FC2 system