第一部 エピローグ「墓標」

 最前線でジンはあおむけに倒れていた。傷が胸を貫通している。それが致命傷になったようだ。右手に握られたままの剣は刃こぼれがひどい。血や油脂のついたまま雨ざらしにされていたせいか真っ赤に錆びていて、もう、二度と使えそうになかった。
 これが、ジンなのかと思った。顔は完全に生者の色を失っている。蝋でも薄くはりつけけたかのように見える、妙にのっぺりした、その顔。
 ウラルは泣かなかった。ただ、胸のあたりが、にぶく痛んでいた。
「形見に欲しいものがあったら、持っていけ」
 アラーハが自分の剣を抜き、それで地面を掘りはじめている。
 ウラルは自分の胸元を見た。ちかり、と金色に光るペンダントがある。
 ウラルはマントの内ポケットをさぐった。ウラルの体温でほんのりと温まった金属の感触が手にふれる。ポケットの中にあったのは、チュユルの紋章が刻まれた奉納用の短剣だった。ウラルはそれをほんの少し鞘から抜き、刃に光をあてる。
 「巻きこんでしまって申しわけない」という気持ちとしてジンはウラルにペンダントを渡し、ウラルに宛てたジン自身の形見としてこのアサミィを買ったのだ。ジンの体格には小さすぎる八枚花弁の金百合のレリーフが彫られた短剣を。レリーフをはじめとした装飾はひかえめで、全体的なデザインも直線的だが、見なおしてみればあきらかに女物なのだ。
「もう、いいか」
 低い声にウラルはうなずき、最後にジンの硬直した右手をぎゅっと握って、アラーハに場をゆずった。
 アラーハはジンの横に立ちつくして、長い間、身動きしなかった。じっとジンの死に顔を見ている。しばらくすると、思い出したようにアラーハはまた穴を掘りはじめた。夢の中で墓守、いや風神が歌っていたのと同じ弔歌を歌いながらウラルも墓掘りを手伝った。
 掘られた深い穴に、ジンはおろされた。土に、ジンの遺骸がうもれていく。穴を掘るときに掘りだされた石が慰霊碑として墓の上にのせられた。ウラルは花を探した。冬である上、ここは戦場だ。地面は踏みにじられ、ぬかるんで、ナタ草の一本さえ見つからない。
「このままでいい」
 養子とはいえ、息子を失ったとは思えない淡々とした声だ。ウラルは墓の前にかがみこんで、もう一度ジンの墓を見つめた。
「私も行かなきゃ」
 ジンの遺言をウラルは忘れていない。
「どこへだ?」
「最後まで、見届けなきゃならない」
 心の中でジンに別れを告げて、ウラルは立ちあがった。

(第一部 完  第一部‐第二部間章へつづく)
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