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出まかせおとぎ

 むかしむかし、ある狩人がいた。このヒュグル森の狩人だ。この森で、地神によって定められたルールに従って何年も狩りをしてきた。
 狩人という職業は、見かけによらずルールが多い。季節ごとに細かく狩っていい、あるいは狩ってはいけない獣が定められているし、その処理のやりかたも種類ごとに決まっている。使ってよい罠、薬、森に泊まる場合はその作法もだ。そのうえ入ってはならない場所というのもある。多くの場合、人にとって危険な場所だったり、獣の繁殖場所だったり、他の猟師の縄張りだったりするんだが……神、地神によって人も獣も入ってはならないと決められている場所が森にはあるんだよ。〈聖域〉というやつだ。
 話を戻そう。その昔々の狩人は、若い息子をはじめて森に連れてきた。その時、狩人は息子にこのルールを説明したのさ。俺がさらっと説明したよりずっと細かくな。息子はその「立ち入ってはならない場所」、とくに〈聖域〉に興味を持った。若者はたいてい、そうだ。そこでこっそりその場所に行き、痛い目を見て逃げ帰る。
 だが、たいていの若者は危険の少ないところへまず入るんだ。たとえば雌ジカが子育てをしているような場所や、ヒグマの縄張りの縁なんかだな。〈聖域〉にはまず行かない。さすがに畏怖というものがあるからだろう。猟師の親父もそれを知っていたから、逆に「立ち入ってはならない場所」に息子が入っているところを後ろからつけ、痛い目に合いかけたところを救って、雷を落としてやろうと思っていた。それが一番効くんだ。
 息子は案の定、その翌日の夜明けにそっと親父に断りなく家を出て森へ向かった。「立ち入ってはならない場所」に行こうとしているのはあきらかだ。親父はそっと後をつけた。感づかれないように、親父が普段からやっているように犬を使い、足跡をたどった。
 息子はヒグマの縄張りにも、オオカミのたむろする場所にも、シカの繁殖地にも一切立ち寄らず、まっすぐに森の奥へ進んでいった。奥へ、奥へだ。息子がまっすぐ〈聖域〉へ向かっているのを悟り、親父は慌てた。慌てて追跡のスピードを上げ、〈聖域〉に息子が入る前に止めようとした。
 やっと追いついたのは、〈聖域〉のふちのところだった。ほんのあと一歩で〈聖域〉というところだ。息子はそこで神威に打たれて立ちつくしていた。
 親父は息子の前に立ちはだかって〈聖域〉へ入るのを止めようとした。だが、そうして立ちはだかるための一歩がいけなかったんだ。
 許しなく〈聖域〉に一歩を踏み入れた親父猟師は、息子の前でみるみるイッペルスに変わり、息子の周りをぐるぐる駆けめぐった後、森の奥へと駆けこんだ。
 「親父」と一言叫んでその後を追おうとした息子もイッペルスに変わった。親父を追おうとしたその瞬間、親父の飼っていた猟犬がものすごい勢いで親父イッペルスに追いすがり、その首にかぶりついた。イッペルスの足で駆けながら叫ぶ声は人間のもの、息子の声で命令され、犬はやっと親父を離した。
 親父は「息子を許したまえ、地の神よ。息子の罪は私が身をもってつぐないます」と一言、そのまま事切れてしまった。息子は自分のしたことを心から悔い、地神に詫びた。地神はこの若者をやっと許し、人の姿に戻したんだが、イッペルスになったときの毛皮やひづめは決して脱げない皮膚の一部としてそのまま残し、いましめとしたわけだ。
 この「息子」が恥ずかしながら俺というわけさ。俺が狩りをしないのもそのせいだ。嘘だと思うなら俺の服を引っぱってみろ、俺の体から離れないのがわかるだろう?

     *

 ……という具合に言ったことがあるんだが、すまん、これは出まかせでな。俺の正体は別にある。もう察しがついているかもしれんな。まぁ、たしかなところが知りたければ「風神の墓標」を読んでくれよ。


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