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ネズミの知恵

 四大神――地、火、風、水の神々が力をあわせてこの世界を形作られた後、俺たちの仕える大いなる父、地神は、そこに生きるモノとして四の四乗、二百五十六種類の動物を作られた。そしてその全てに力を――アプスには魔眼を、ヒグマには腕力を、馬には脚力を、そしてイッペルスには雄々しさの象徴たる大きなツノを――お与えくだり、代表としてそれぞれ一頭ずつを、リーグ国とコーリラ国の森、空、山、草原、砂漠、洞窟のそれぞれに守護者として封じられた。水神もまた二百五十六頭の魚や海獣、貝、海鳥をお作りになり、それぞれを海や川の守護者として封じられた。
 守護者たちはみな、自分の特性を生かした領地作りにいそしんだ。アプスは前に語ったように人を拒んで最終的に破滅したが、そんな守護者はほとんどいない。たいがいの守護者は人とつかず離れずの距離を保ちながら領地を管理した。オオカミ守護者は森を通る旅人をオオカミに襲わせないかわり通行料としてちゃっかり干し肉をせしめているし、ほかの守護者も、森に迷った子どもや足をくじいた猟師らを村まで送り届けるくらいはする。そんな、領地に入り込んだだけで殺す守護者はアプスぐらいなものだった。
 ただ、逆に度肝を抜かれるほど人と親しく接している守護者もいる。それがネズミなんだ。
 ネズミの守護者はこの世に生まれて領地を与えられたとき、地神にこう伺いをたてた。
「我らが父、偉大なる地神よ。わたしは広大な草原をたまわりました。それはそれはこの小さな身には余り余る領土でございます。この土地を、本当に本当に、この小さなネズミめが自由にしてよろしいのでしょうか」
 それに対して地神は、
「知恵の象徴たるネズミよ。守護者の任たる聖域守護さえ行えば、そなたの好きにしてよろしい。その知恵をもって、この広大な土地を治めよ」
 そうお答えになった。
 父神のお許しを得て、ネズミははりきって領地作りをはじめた。まず、地神が最後に作られた生き物、火神から知恵を、水神から心を、風神から命を授けられた不思議な生き物たる人間に近づき、
「ここは我らの土地、広き平原にございます。ここならば人を襲う獣もおりませんし、森よりずっと広々として、歩きやすく、家も作りやすいかと存じます。どうぞ、この土地をあなたがたの都としてお使いください」
 と申し出た。ほかの守護者たちはもちろん驚いた。いくら地神だけでなく火神、水神、風神の祝福を受けたありがたい生き物とはいえ、生き物の中で唯一、守護者としての任が授けられなかった生き物にみすみす領地を分け与えるとは何事か。守護者たちだけでなく、これには創造主たる地神も目を丸くされ、
「なぜ、人を容れたのか」
 とお尋ねになった。ネズミは深々と頭を下げ、
「これが、わたしの小さな頭で考えつきました最善の道なのです。ご安心ください、聖域は地下深く、人の手の届かない場所におまつりいたしております」
 いんぎんにそう答えた。だが、ほかの獣たちは地神からせっかくたまわった領地を人間に売り払った愚か者、とネズミをさげすんだ。だが、ネズミは聞かないふりをして、人をどんどん平原に迎え入れた。
 ネズミ守護者の草原で人は家を作り、店を作った。さまざまな家畜がさまざまな土地から集まり、さまざまな料理が作られ、またさまざまな品物が作られた。さまざまな人間が地方から集まり、入れ替わり立ち代りひっきりなしに出入りした。そして数十年の後、そこはリーグ王都と呼ばれるようになったんだ。
 大繁栄する都市にネズミは心から満足して、無数に訪れる美女美男、雑多な品々、地方から運ばれてくる珍しい果物に目を楽しませた。ネズミの一族は食べるものにも住む場所にも困ることがなくなり、人の勢いに乗って大繁栄した。
 地下に祭られたネズミ守護者の聖域の上には巨大な大神殿が建ち、毎日たくさんの人間が神々に祈りをささげた。これをご覧になり、快く思われた地神は、
「力を得ず、恵まれた体躯を得ず、知恵のみを得たネズミが守護者一の繁栄を極めた」
 そうネズミの知恵を称えられ、ネズミの都市が長く繁栄するよう祝福なさった。ネズミをさげすんだ獣たちもネズミを見直し、侮辱したことを詫びた。地神の祝福を受け、ネズミ守護者の都市――もとい、リーグ王都はこれ以来、今日まで滅ぶことも大きな災禍に見舞われることもなく在り続けている。
 それにしても、王都の人間たちにこの都市の影の支配者はネズミだと教えたらどんな顔をするんだろうな。国あげてのネズミ退治なんてことになったら目も当てられんから黙っておいたほうがよさそうだ。……ちょっと興味はあるけどな。


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