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イッペルスは春を呼ぶ

 イッペルスは冬眠をしない。俺のじいさまから聞いた笑い話があるから、紹介しような。
 むかしむかし、一頭のイッペルスが寒い冬のさなか、ひもじい思いで森をさまよっていた。落ち葉は腐っていてまずいし、木の皮はあまり腹によくない。だから一番ましな食べ物であるツル草を食べていたんだが、青草に比べればあまりにおいしくない。けれどため息をつきながらでも、そのまずい食べ物を探して、森をぶらぶらしていたんだな。
 上ばかり見ながら歩いていたところ、ぽっかり木にあいたウロを見つけた。そこをのぞきこんでみると、ふかふかの木の葉に包まれ、たっぷり木の実をたくわえた中で冬眠しているリスがいた。それでイッペルスは思ったんだ。そうだ、リスを見習って冬眠しよう。クマも、カエルも冬眠するじゃないか、とな。
 イッペルスは仲間にこの提案を話し、来年の冬はこんなひもじい思いをしなくていいぞと喜んだ。そしてみんなでクマを見習い、冬眠によさそうな場所を探して春を過ごし、青草をたっぷり食べて力をつけながら夏を過ごし、おいしい木の実をたっぷり集めて冬眠場所に隠しながら秋を過ごした。
 そして、いよいよ待ちに待った冬だ。イッペルスたちは居心地のいい隠れ家に陣取り、おいしい木の実を食べながらぐっすり眠って過ごした。一冬でどれだけのものを食べるか予想がつかなかったから、途中からは食べるものがあまりなくなって困ったし、厳しい寒さのせいで体は芯からこごえ、退屈でもあった。それでもイッペルスたちは、のんびり過ごす冬を悪く思わなかった。なんといっても、まずいツル草をわざわざ探して食べなくてよくなったんだ。
 そしてある日、薫り高い木の芽のにおいが木のウロや洞窟にうずくまったイッペルスたちの鼻をかすめた。大好きな食べ物のにおい、春のにおいだ。イッペルスたちは喜び勇んで一目散に走ろうとした。
 ところが、だな。あの嫌みったらしいツル草が、木の枝の上からツルをぶらんと長く伸ばし、イッペルスたちの大きくて立派なツノにからみついた。あっちでもこっちでも成長したツルがツノにからみ、イッペルスたちは歩くのもままならない。大好きな木の芽を食べたくとも、そこへ行くまでに、何十回もツノにからんだツル草を振り払わなければならないんだ。ツル草がからみすぎて動けなくなり、餓死寸前になるイッペルスもでてきた。それに、たとえオオカミや猟師に襲われても、これでは逃げることもできやしない。
 イッペルスたちは仕方なくツル草を噛みちぎり、もぐもぐ食べ始めた。そこらじゅうでおいしい青草や木の芽が顔を出しているというのに、まずいツル草ばかり食べなきゃならん。イッペルスは声をあわせて叫んだろうよ。もう誰が冬眠なんかするか!
 でも、これが、ツル草を食べることが、案外森にとっては重要でな。風通しがよくなって木は元気になり、青葉の香りを一段と強く薫らせる。光が地面に十分に届いて下草が育つ。イッペルスはツル草を食うことで森に春を呼びこむんだ。
 イッペルスの行きたがらない人の気配のする街道沿いの森は、ツル草がからんで光が届かないから、荒れていく。イッペルスの森は奥へ行けば行くほど明るく、広く、豊かになるんだ。
 でもひとまず、こんな理由でイッペルスたちは冬の間中、冬眠せずにむしゃむしゃツル草を食べて過ごすようになったんだとさ。


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